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Shibuya.js Technical Talk #1に行ってきた

■「10年。 渋谷がJavaScript の真の実力を発見するのに要した時間である。

とかはともかく。ついに立ち上がった国内のJavaScriptプログラマコミュニティ「Shibuya.js」の記念すべき第1回テクニカルトークを聴いてきました。会場は渋谷ではなくお茶の水のデジタルハリウッド東京本校のホール。

  • Shibuya.js Technical Talk #1
  • デジハリ東京本校(御茶ノ水)

JavaScriptには自分自身かなり関心が大きいうえ、ふだんあまりこういった技術系イベントに参加してないこともあって、どの発表も楽しくて勉強になりました。すばらしい。発表内容やレポートがすでに各所にあがっていますので、とくに印象に残ったところだけ書いておきます。

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「コンピュータ・ゲームのデザインと物語についての研究会(RGN)」第1回に行ってきた

■国際大学GLOCOMで4月9日に行われた「コンピュータ・ゲームのデザインと物語についての研究会(RGN)」の発表を聴いてきました。RGNはゲームのデザインとゲームの物語について、どちらかだけではなく統括的に議論するための研究会で、「Critique of Games」の井上明人(id:hiyokoya)さんを中心に立ち上げられています。井上さんは今GLOCOMの東浩紀研究室でスタッフとして働いてらっしゃるんですね、知りませんでした。

今回は第1回ということで、発起人の井上さんから「死の表現をめぐって」という発表があり、それに関して研究会メンバー(茂内克彦・濱野智史・増田泰子・hally)のコメントとディスカッションが行われるという内容でした。おそらく発表や議論の詳しい内容についてはのちのち公開されるものと思うので(とはいえised@glocomのような形でまとめる予定は今のところないそうですが)、僕が理解した限りでのまとめとメモを書いておきます。


■井上さんの発表「ゲーム表現の根本問題 —死の表現をめぐって—」は、大塚英志氏が「キャラクター小説の作り方」(講談社現代新書)で言及した「ゲームの表現は『死』を扱うこと(死を記号的にしか扱えないという限界)に自覚的ではない」という批判に対して、現在までのゲームがじっさいに「死」をどう扱い、それがどの程度自覚的なのかを検証するというもの。要点としては「ゲームの死は二側面(ルールの中で単位として交換される「複数性の死」と、物語で扱われる個別のキャラクターの「固有性の死」)が観察できる」「この二側面はゲームの中で両立可能であり、この二項を操作することでゲームにおける『死』が成り立っている。その意味で、従来のメディア表現の水準ではとらえきれない」という二点。

まずここで、大塚英志の指摘がミスリードされているように思いました。「記号的な死」は、物語のなかで個別に扱われれば避けられるといったものでは決してない、なぜならば「死を記号的に扱う」ようなリアリティそのものが、まんがやアニメやミステリやRPGの物語を生み出し消費してきたのだからだ、というのが、大塚さんの主張のはずです。なので、ゲームの死の二側面を挙げるとして「固有性の死」の側に大塚英志の主張を当てはめるというのは図式として間違っています。ゲームの死が複数であれ単数であれ、従来のメディア表現でとらえきれないものであれ、大塚英志に言わせれば「記号的」でしょう。

いっぽう、ゲームにおける死はその複数性(ルール)や固有性(物語)そのものではなく、その二つのレベルの(ゲーム作者による)操作と対比において、そのリアリティ(あるいはそこにある限界)が浮かび上がるものである、という主張は十分可能だろうとも思えました。ゲームはプレイヤーに、ある立場を与え実際に手を下させることができ、そのプレイヤー自身の体験は覆せないとすれば、ルールや物語のレベルでは隠蔽されてしまう、たとえば「死」を、プレイヤー自身の体験によって担保する形式というのはゲームにはありえるのではないでしょうか。井上さんが発表で例示された(詳細は伏せる)「いままでプレイヤーが『倒した(殺した)』と考えていたものにある時点でプレイヤー自身がなり代わり、まったく同じルールで倒されて(死んで)しまう」というような表現は、ゲームが原理上死を記号的に扱わざるを得ないという限界に拮抗するものになりえるはずだと僕は考えます。このようなプレイヤーの役割を組み込んだゲームの構造を抽出できれば、濱野さんがコメントで指摘したようなプレイヤーの体験の差異によって解釈が異なる「島宇宙化」による論点の拡散も防げそうです。

あるいは、また別の主張も可能かもしれません。hallyさんもコメントで指摘していたとおり、たとえばWizardryの「ロスト」がごっこあそび的な記号の死だ、と言われたら納得できないプレイヤーは多いでしょう。なぜならそこには、プレイヤー自身の積み重ねた時間であり記憶である「肉体としてのデータ」が、あまりに理不尽に、乱数的に、劇的でないまま、しかし永遠永劫消滅するという意味で、現実の死とまったく同じ事態があるからです。これは、おそらく大塚英志が多く参照してるであろうTRPGでは起こりえない、コンピュータゲームのみに起こりうる「事故死」なのではないでしょうか(もちろんTRPGにもサイコロなどの乱数で決定的な事態が起きることはありえますが、その決定ではルール上の死が訪れるだけで「現実」にはなにも消滅しないので、理不尽な「事故」とは言いがたいでしょう)。これはこれで、ゲームにおける「死」の特異性を議論できる土台になりうると考えます。

  • 追記:コメントにて海法さんより「それまで育てたキャラクターが死亡する(以後扱えなくなる)ことの重みはTRPGでも変わらない(歴史的にはTRPGのルールをWizなどのコンピュータRPGが採用している)」という指摘がありました(詳しくはコメントを参照ください)。上の議論ではTRPGとコンピュータRPGの「ロスト」を「その死の重み」で対比しているわけですが、その二つに違いがあるとして(個人的には「システムに組み込まれたデータの消失」には、単純な喪失感とは別の考察が可能じゃないかと考えてますが)、もう少し考えてみる必要がありそうです。

ほかにもいろいろありますが、追ってまた書こうかと。なにはともあれこういうアカデミックな文脈を作る意思のある、しかも開かれた研究会があるのはすばらしいと思いました。懇親会などで井上さん(や東さん)に聞いたところによれば、RGNを発足したもっとも直接的な要因は、韓国のゲーム研究の着実な定着ぶりへの危機感があったそうで、そのためにともかく場を作る必要があるだろうとかなり強引に短期間で立ち上げたという話でした。その意味で今後研究会の形式そのものも変わる可能性がありそうですが、ともかく毎月ペースで1年ほどは続ける予定とのこと。今後も期待していきたいと思います。

Make Your Saving Roll

af2006.jpg

■個別の利便性よりもそのサービスを使うユーザの(のみならずサービス開発者自身の!)「体験」を重視し、サービスでのユーザの活動がそのサービスそのものの内容や性格をゆるやかに決定づけ、それ自体を成長させていくという、いわゆる「Web2.0」の世界観が、コンピュータゲームと親和性があるのではないか、いやどうかな、ていうかでもそれわりと当たり前じゃない? という指摘が、すでに多くの識者によって指摘されている。

現在のところWeb2.0と呼ばれるものが何を指すのかがはっきりしておらず、はっきりする目処もなく、各人が好きな結論を導けるようにはっきりさせないことが望ましいという雰囲気もあるため、ここでは筆者も断固としてWeb2.0を好きなように解釈するが、そもそもなぜWeb2.0とゲームが同じまな板に載せられがちなのかといえば、そもそもWeb2.0を代表するような各種サービスが、すでに「なんとなくゲームっぽい」からであり、さらにそれはなぜかといえば、単純にコンピュータゲーム直撃世代の若者が特有の軽いノリでサービスをざっくり作って好きな色で塗っているからに他ならない。

いわゆるWeb2.0的サイトの多くが、ムダに名称が凝ってたりとか、ムダにロゴが凝ってたりとか、なんか妙にポップでハイコントラストな色使いであったりとか、ちっこいアイコンとかドット絵が好きそうであったりとか、アニメーションしたりフラッシュしたりスクロールしたりズームしたりしがちなのは、そのためだ。それが好きなのだ。

したがってこの状勢において、よくわかんないけどとりあえずWeb2.0たらんとする者がいるとして、その者がWeb2.0らしくふるまうための方法を導くことができる。ゲームっぽくすればいいのである。これで現状ならばわれわれは「やっぱWeb2.0ってこうでしょ」と言うことができる。とはいえこれも、さほど容易なことではないだろう。ここでいう「ゲームっぽさ」は、これまでコンピュータゲームに親しんできた者の皮膚感覚として共有されているに過ぎないからだ。ともかくわれわれは、ここから出発しなければならない。われわれの考える「ゲームっぽさ」を、Webに実装する必要があるのだ。

なので、ひとつ作ってみた。ご覧のとおりである。ダイスをクリックすると投げることができる。出た目に特に意味はない。GoogleMaps上での使用を想定しているが、やっぱり特に意味はない。

bookmarkletとしての利用も可能にした。以下のスクリプトをアドレスバーで実行するか、新規ブックマークとして登録すれば、任意のサイトでダイスを転がすことができる。そのことの意味するところは自分自身で見つけてほしい。Web2.0がそうであるように。

javascript:(function(){var d=document;var h=’http://realtimemachine.sakura.ne.jp/dice/js/’;var s=d.createElement(’script’);s.src=h+’dice.js’;d.body.appendChild(s);var s=d.createElement(’script’);s.src=h+’dicebm.js’;d.body.appendChild(s);})();

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■きのうのメディア芸術祭と「ユビキタス・ガジェット」の話。

■メディア芸術祭は1時間くらいでざっと見ただけなんだけど。ひっかかってくる作品は映像作品が多かった気がした。

とか面白かったな(というか、ほかのも面白そうだったけどちゃんと観れなかった)。

アート部門は毎度ながら展示スペースがすごく制限されてるからちとつらいなーと(あと、すでに見たことある作品が多かったので新鮮味もあんまりだったような)。

■もうひとつ、秋葉原ダイビルの産学交流ゾーン「アキバテクノクラブ」で行われたイベント「ユビキタス・ガジェット」に参加してきた。はこだて未来大学の迎山和司さんが中心になって開催されている「未来パーティ」というイベントがあって、今回はそれの最終回だそう(ちなみに前回のイベントでは、僕にも声がかかって発表させてもらったりしました)。

今回は増井俊之さんがホストで、氏の推薦で招かれた実験的なインターフェイスや作品を作られている方々のプレゼンとデモ、という内容。「ユビキタス・ガジェット」というテーマは後から決まったそうで全員が「こんなテーマだったとは聞いてなかった」と言っていたような気がするけど、実際はUI研究で有名な方々が集まっていたかっこうで、すげーかっこいいユーザーインターフェイスを動くデモで見せてもらえて、たいへん刺激的だった(内容については塚本牧生さんのmixi日記に詳しくまとまってます)。

最近ものすごく話題になってた「Multi-Touch Interaction Researchとかもそうだったけど、新しいユーザーインターフェイスとそれによって開かれる世界というのは、話だけ聞いてもぜんぜんぴんとこないのに、実際に動くものを見たり自分で体験したりすると以後の認識がまるっきり入れ替わってしまったりするものだと思うので、こういうデモが見られる機会がもっとあるといいな。とりあえず渡辺恵太さんの VisualHapticsとか五十嵐健夫さんのAs-Rigid-As-Possible Shape Manipulationはデモや映像が公開されてるので来れなかった人も必見必見。

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WikiBana Vol.5 に行ってきた

※今回写真撮るの忘れてしまった。会場のとなりの児童館は運動会をしていたらしく、割れ気味の音量でハッスル音楽がのどかに流れていました

■10月15日に品川は高輪福祉会館で行われた「WikiBana Vol.5」に参加してきました。Wikiに関心のある利用者・開発者が集まって話題を交換するフリートークイベント。Wikiそのものへの興味はもちろん、参加しているみなさんの雰囲気や、毎回ちょっとづつやり方を変えてよりよくしているスタッフの熱意も刺激的で、いつも楽しみにしているイベントです。僕は今回で4回目。

Wikiをめぐる3×29のキーワード

■毎回イベントのスタイルが変っているんですが、今回はひとり3つづつ自分がwikiについて気になっているキーワードを持ち寄って、4人のグループでそれぞれ自分の持ち寄ったキーワードを中心に30分程度ディスカッションをするというセッションを3回…というスタイル。30分てそんなに会話がもつかなあと思ってましたが、ひとり3つで4人ということは12個の議題がテーブルにのぼるわけで、それぞれにみんなでふたことみことコメントをしているだけで30分はけっこうすぐに過ぎてしまうものでした。時間が短いぶん集中できるのはよかった。

今回29人の参加者がいたので、87のキーワードが集まったことになるんですが、何人もの人が挙げていたBuzzWord(?)は「WikiSpam」「Wikiの移行、バックアップ」「Wiki記法/WYSIWYG機能」「javascript,Ajax」あたりでした。

dotimpctのポジションペーパー

■ちなみに僕がもっていったキーワードはつぎの3つ。

1)「その場で編集」機能とWikiページの再編集

CalkiにAjax機能を入れたときに思った、wikiページの再編集支援機能があるといいなという話。この記事の最後らへんに詳しく書きました。

「たとえば今のwikiで2つのページをまとめようとすると2つのタブにそれぞれのページを編集状態にして、もうひとつのタブに新規作成ページにコピペしないといけないじゃないですか!」という例を出したら、けっこううなづいてもらえました。

2)どこまでもスクロールできる掲示板、落書き帳

こどもてれびの掲示板とか、ショウジ氏のおえかき掲示板 http://childtv.org/fbbs/ (いま停止中) http://bater.biz/bbs/ を見て、これってwikiかもなーと思った話。具体的には、これらのフリースクロールボードに、座標やオブジェクト間のリンク機能があれば、もうほとんどWikiといえるんじゃないかと。範囲指定してその部分にtagをつける、なんてのもよさそうだなー。

こういうフラットなページになってると、あるページを見ていてぜんぜん違うページが目に入ってくるのもおもしろいかもね、なんて話も出ました。

3)SNSコミュニティにwikiを

ていうかmixiのコミュニティの掲示板って雑談しかできないよね、という話。SNSコミュニティって生産的なコミュニティになる可能性は高いのに、それを支援する機能がないのはもったいないなと。しかもそれをSNSだけでなくオープンコンテンツとして公開できるとなおいい(SNS側から見えないページや、コミュニティメンバーしか見えないページもあってもいいし)。

ちなみにこの話にただただしさんから「それってはてなグループなのでは」とツッコまれたので、「でもはてなグループはダイアリーとの差別化でクローズなコミュニティになりがちですよね」という話をしたところ「確かに以前はその傾向はあったがモヒカン族グループあたりからオープンコミュニティの場になりつつある」という(モヒカンらしく容赦ない)反論をいただきました。たしかに…でも参入の敷居とその後のレスポンス(いまのmixiみたいに新着ページが見られるとか)を考えるとSNS経由というのはいいと思うんですけどどうでしょうか。

懇親会

■全体ディスカッションで中心的な話題を総括しつつ、イベントがお開きになった後は恒例懇親会にも参加してきました。こちらも面白かったです。参加できてよかった。

スタッフのみなさんはお疲れさまでした!

本編や懇親会での面白かったことメモ(思い出したら追加)

いままでのWikiばなの感想

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